★韓国・ウォンの歴史
具体的な数字で見てみましょう。
1966年になっても、輸出は2億5000万ドルにすぎず、経常支払の35%を賄いうるだけでした。
もっとも、この時期においては、アメリカが韓国に多額の軍事援助を与えていました。
そこで、政府サービス勘定の受取りは、1億3600万ドルであり輸出の5割に達しました。
しかし、これを加えても経常支払の55%にしかなりません。
貿易収支の大幅赤字を補う第2の項目は移転収支であり、これも外国政府からの援助、民間部門の移民送金などで約2億ドルの黒字でした。
そこで、外資の導入で国際収支の均衡を図るしかなかったのです。
★韓国・ウォンの歴史
ウォンの為替相場の下落は、60年代に入っても続き、1961年1月1日に1ドル=100ウォンであったレートが、1969年11月には304ウォンとなっているから、この期間に3分の1に切下げられたことになります。
なによりも、輸入にくらぺて、輸出がすくなかったので、ウォンは常に切下げをよぎなくされたのですが、外資の導入がなかったら、ウォンはもっと大幅に切下げられたでしょう。
外資は韓国経済の工業化のために必要であったばかりでなく、70年代の前半までの時期において、国際収支の均衡を保つうえで必要でした。
★韓国・ウォンの歴史
通貨量は1950年6月の669億ウォンから、1953年2月には1兆510億ウォンに急膨脹しました。
ウォンの洪水で韓国が押し流されそうになったのを見て、韓国政府は思い切った通貨措置を断行しました。
100対1の割合で、新ウォンに切り換えることによって通貨量の縮小を図りました。
その後もインフレは続き、12月15日に1ドル=118ウォンという交換レートを設定しました。
インフレにむしばまれ、大幅な貿易収支赤字に悩まされていたウォンの歩みは、みじめな減価と切下げの歴史でした。
★韓国・ウォンの歴史
今にして思うと、ウォンはその誕生直後において荒波のなかに身を投じたことは、今日の強いウォンに成長するための試練であったかもしれません。
第2次大戦後政治的に独立したものの経済は混乱状態にあり、アメリカの援助でやっと経済自立に向かってスタートを開始しました。
しかしながら、まだ混乱を脱しないうちに朝鮮動乱にまきこまれました。
1950年のことです。
戦争は戦需の拡大によって通貨の膨脹をもたらすのが常ですが、韓国でも例外ではありませんでした。